2012年4月10日火曜日
数字を使った恐怖統治
久々に、kaz805です。今日は、今の数字の使い方が人をコントロールするために使われているような気がするので、そのことに付いて書いてみます。
数字が生まれた理由はたぶん、純粋に自然の営みを現したくて生まれたんじゃないかな〜と思います。ほんと純粋なエネルギーで発明されたんだと思います。でも、あるときちょっとずるい人たちが数字とお金を結びつけることで自分たちに有利な支配ができるかもと閃いたんだと思います。
恐怖心や不安を与えることで人を支配しようとすることは歴史的に見てもたびたび起きることです。基本的にこれは恐怖政治のようなスタイルで力(ここでは武力とかですかね)で押さえつけることで人々を支配する方法です。これだと人は過度の恐怖に怯えている状態で、今日の社会にはあんまり適合していないように思います。現代の人は自由な世界を望んでいますからね。そう、ずる賢い人たちは、自由な世界にいると思わせ、実は、武力ではない恐怖を恐怖と思わせず与えることで人々をコントロールできることを発明?したのです。これこそ、数字とお金を結びつけた支配方法です。
具体的にはどういうことかというと、
1)モノとお金を結びつける。
2)お金でモノを自由に手に入れられるようにする。
3)対価をお金で与える。
4)お金がなくなると生活できないと思わせる。
という社会構造にします。
さらに、この社会を強固なものとするため、会社というものを用意します。
会社は
1)労働の対価としてお金を支払う。
2)会社の目標を数値化する。
3)数字をクリアしなければ、支払われるお金がへる。数字をクリアしつづければ、もらえるお金が増える。
4)お金を沢山支払っている人たちに権力も与える。
こうなると大抵の人は一度手に入れた待遇をそう簡単に手放さないようになります。
ここで、人はこのような気持ちになる場合がおおいと思います。
1)今の地位を失いたくない。
2)今の地位をうしなったら、お金がもらえない。そうなったら困る。生活できない。
3)会社の命令なら従う。そうすれば、生活できるし、いうことを聞いていたらもっと豊にくらせるかもしれない。
と思うようになると会社への依存が強まります。
会社はこのように数字で人を支配することが出来てしまうのです。
そして、会社を政府がある程度コントロールすることができれば、それはそこにいる人たちも支配下に置くことができます。
よくよく考えると自由に買い物とかいいますが、もしかするとかなり窮屈な世界なのかもしれませんね、現代社会は。
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