うふふ、アンジェラ・ウフです。日本大好きな私は、久々に鎌倉に行って来たわ。今回のお目当ては「寿福寺」よ
基本、神社仏閣では写真を撮らない私だけど、今回はあまりの美しさに写真を撮ってしまった。(参道だからお許しを!)
参道横の苔は本当に美しく手入れがされていて新緑の季節と相まって神々しく見えたわ。
苔の緑に木々の緑。木々の間から木漏れ日がその緑を幾重に重ねたように複雑でかつ美しい緑のグラデーションを創っているの。
ほんと、美しい。新緑の季節の日本の美を堪能できたわ。うふふ。
2012年4月23日月曜日
森之熊美のお勧めカクテル(下品の美学)
Hi、森之熊美よ。
今回の私のお勧めカクテルは、ズバッと「ミモザ」よ。
ミモザはシャンパンをオレンジジュースで割っただけのカクテル。
作り方は
シャンパン1/2
オレンジジュース1/2
二つとも冷え冷え、これ重要ね。
オレンジシューズを先に入れて、あとからシャンパンを注ぐ、簡単なカクテル。
むかし、ウフちゃん(もちろん、アンジェラ・ウフのことよ)がヨーロッパには下品の美学っていうものがあるのよ。
その下品の美学の代表例みたいなものがこのミモザって教えてくれたわ。
シャンパン自体はそれだけでそれはそれは完成された飲み物。
だから、そのまま飲むのが一番。
そんな飲み物にオレンジジュースと混ぜるなんて何とも下品なこと。
でもね。これが結構、美味しいのよね。それもまた事実。
下品でもね、ちゃんした美学がないとだめってことなのよ。
社交界にいくなら素敵なドレスが必要だけど、クラブの夜会に出かける時はオールレザーでのスタイルで出かけるわよね。オールレザーのドレスなんてほんと上品なドレスの対極にいるようなものだけど、その場ではバシッと決まるのよ。どんな時でも美学は必要ってことよ。
でも、クリュグ クロ・デュ・メニル※1をオレンジジュースで割っちゃうのはやり過ぎよ。
なんにでも限度ってモノがあるから。
あら、でも、似たようなやり過ぎなカクテルを知っているわ。
マルティニスペシャルっていうマティーニ。
このマティーニはディケム※2をジンで割ったもの。
こんなカクテルはジョークとしても面白くないし美味しくもないわよ。(って飲んだことあるのかよ、とか突っ込まないでね)
じゃあね。
ちょっと説明
※1 クリュグ クロ・デュ・メニル
クリュグっていうのはエリザベス女王も大好きな高級シャンパン。それの中でも一番すごいのがクロ・デュ・メニルっていうの。
※2 ディケム
こちらはデザートワインの最高峰よ。
更におまけ
クリュグもディケムもルイヴィトンと同じ総合ブランドLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)の参加なのよ。
2012年4月22日日曜日
昨日あった人たち
どうも、kaz805です。久々の土曜日休みでした。そんなこんなで、昨日はいろんな人と会いました。
お昼にお会いしたのは主婦から天然石ジュエリーデザイナーになった方。世田谷区のラジオ番組に出演するので、見に来ていいよと言われたのラジオの収録を見学させてもらいました。その方曰く「好きなことやらなきゃだめよ」、「やるなら中途半端はだめよ」。確かに、生き方見ているとその通り。信念あるひとは強いなと思った私でした。
夜になり、会社を辞めて故郷に帰る人と飲む。
その昔、総合格闘技なるもをしていたこともある人で、会社を辞めて故郷へもどり、すぐにやることはない(本人曰く、ブー太郎とのこと)けど、また、格闘技がしたいということで、この人も好きなことをはじめるために退路を断ったのでした。
そして、電車が時間調整しながら走ったいるのに嫌気がさして、途中下車。そして、よく行くワインバーで飲むことに。
そうすると、新しいバイトくんが働いていました。
このバイトくんはアメリカに留学していたこともあり、バーボンをよく飲むという今時めずらいしい学生君だったんですが、おじさんからアイスワインを飲ませてもらってワインに興味をもち、ワインバーで働くことにしたそうです。
この人も興味をもったこと=好きなことを掘り下げるためにワインバーで働くようになった。
というように、昨日あった人は、
好きなことをどんどんするようになって大成した人。
やっぱり、好きなことがしたいと思い立った人。
好きなことに足して一歩踏み出した人。
と全員、自分に素直な道を選んだ人たちだった。
私も頑張ろう、いや、頑張ろうっていうよりは、もっと自分と対話しよーっと思ったのでした。
因みに天然石ジュエリーデザイナーさんのHPはこちら
→http://www.espressivo-gem.com/
故郷へかえる若者の母親の鞄が買えるお店はこちら
→http://www.wanoma.jp/
最後によったお店はこちら
→http://www.kansui-office.com/rinka/index.html
2012年4月21日土曜日
お洒落な人
うふふ、アンジェラ・ウフよ。この間、とってもお洒落なスプリングコートを見かけたの。
私はね、結構、この手のことで人のモノを褒めることはあんまりないのよ。そんな私が、一目見て、このコート素敵って思ったのよ。
そのコートは紺のヴィトンのコートだったの。もう一ついうと、私はブランドものだからすごいとかは基本思わないだけど、このコートは違ったわ。
ほんとにおしゃなれなコートだったわ。
上品な紺色に袖のところが折り返してあって、その部分がモノグラムなの。
普通だったら「なに?あのあからさまは?うゎ〜」って思うと思うのよ。でも、今回はほんとすーっと引きつけられちゃった。
後からお店も、「コートを持ったとき、すごっくしっかりした作りで、あんなのなかなかないですよ。」と言っていましたよ。
私ってやっぱり見る目はあるわね。
最後にどんな人が着ていたかわかったけど、飲み方もスマートでお洒落だったわ。
そんな人が着ているコートだとわかったからまさに納得!って感じ。お洒落な人はお洒落ね。うふふ。
私はね、結構、この手のことで人のモノを褒めることはあんまりないのよ。そんな私が、一目見て、このコート素敵って思ったのよ。
そのコートは紺のヴィトンのコートだったの。もう一ついうと、私はブランドものだからすごいとかは基本思わないだけど、このコートは違ったわ。
ほんとにおしゃなれなコートだったわ。
上品な紺色に袖のところが折り返してあって、その部分がモノグラムなの。
普通だったら「なに?あのあからさまは?うゎ〜」って思うと思うのよ。でも、今回はほんとすーっと引きつけられちゃった。
後からお店も、「コートを持ったとき、すごっくしっかりした作りで、あんなのなかなかないですよ。」と言っていましたよ。
私ってやっぱり見る目はあるわね。
最後にどんな人が着ていたかわかったけど、飲み方もスマートでお洒落だったわ。
そんな人が着ているコートだとわかったからまさに納得!って感じ。お洒落な人はお洒落ね。うふふ。
2012年4月15日日曜日
森之熊美のお勧めカクテル(初夏)
Hi、森之熊美よ。
今日は少し暖かくなってきた頃から夏までの間にお勧めのカクテルを紹介するわ。
それはシャルトリューズのソーダ割りよ。
最初の一杯目におすすめ。
きりっとしたさわやかな香草な香りと味わいにソーダーののどごし感が最高よ。
ノーマルのシャルとシューズベースでもいいけど、
いいシャルとリューズのソーダー割りはノーマルベースとは比べ物にならないくらい美味しいわよ。
近頃、モヒートやミントジュレップが初夏から夏にかけての定番になりつつあるけど、私はシャルリューズのソーダ割りを押すわ。
今日は少し暖かくなってきた頃から夏までの間にお勧めのカクテルを紹介するわ。
それはシャルトリューズのソーダ割りよ。
最初の一杯目におすすめ。
きりっとしたさわやかな香草な香りと味わいにソーダーののどごし感が最高よ。
ノーマルのシャルとシューズベースでもいいけど、
いいシャルとリューズのソーダー割りはノーマルベースとは比べ物にならないくらい美味しいわよ。
近頃、モヒートやミントジュレップが初夏から夏にかけての定番になりつつあるけど、私はシャルリューズのソーダ割りを押すわ。
2012年4月13日金曜日
シカバーガー
うふふ、アンジェラ・ウフよ。近況報告すると、とっても忙しい日を送っているわ。日本の四月は年度始めとかいうのでいろいろとはじめることが多くてスケジュールがきつきつなのよね。
こういう時は美味しいものをたべて元気を出す!が一番よね。
そんな時、東銀座界隈を歩いていると私の美味しいものセンサーがヒットしたわ。こういう時こそ、センサーの感度がいいのよね。
新しく出来たお店みたい。一階はカウンターだけで、二回はテーブル席みたい。
そんなお店で食したのがこれ、
シカバーガーよ。
一応、牛肉とシカがメニューに載っていたわ。お勧めはどっち?と尋ねたら、「シカっす」シェフがいうので、お勧めを注文。こういう時はよけいなことを詮索せずに素直に注文するのがアンジェラ流。
因みにシェフはフレンチの修行したシェフなんだけど、イタリアワインに惚れ込んで、今回のお店を出したんですって。でも、このシカバーガーに合わせたのはチリワイン。まだ、イタリアワインはあんまりおいてないんだって。
おっと、私としたことが話が脱線しちゃったわね。閑話休題、まずは、シカバーガーに添えられたポテトね。こちらは、目の前の厨房で上げてくれていたから揚げたてのポテト。お味は甘くなくてたんぱくな感じ。油で重たくもなくて、軽く食べられる感じだったわ。そいういうい意味ではシカバーガーの添え物としてはいいんじゃないかな。
そしてメインのシカバーガーは、鹿の血で生臭かったらやだなと思ったけどそんな感じはみじんもなかったわ。こちらも意外に淡白な感じのお味。ハンバーグにしてあるからしらね。パン、シカ、チーズ、トマト、そしてソースがとってもバランスよくまとまっていたわ。おれおれ感をだすことなく、チームワークで勝負って感じ。久々にハンバーガーをナイフとフォークで食したわ。これだと大きなお口でパクリじゃなくて、上品にたべられる。こういうのもいいわよね。
お店の名前は忘れちゃったので、名前はまた今度ね、うふふ。
こういう時は美味しいものをたべて元気を出す!が一番よね。
そんな時、東銀座界隈を歩いていると私の美味しいものセンサーがヒットしたわ。こういう時こそ、センサーの感度がいいのよね。
新しく出来たお店みたい。一階はカウンターだけで、二回はテーブル席みたい。
そんなお店で食したのがこれ、
シカバーガーよ。
一応、牛肉とシカがメニューに載っていたわ。お勧めはどっち?と尋ねたら、「シカっす」シェフがいうので、お勧めを注文。こういう時はよけいなことを詮索せずに素直に注文するのがアンジェラ流。
因みにシェフはフレンチの修行したシェフなんだけど、イタリアワインに惚れ込んで、今回のお店を出したんですって。でも、このシカバーガーに合わせたのはチリワイン。まだ、イタリアワインはあんまりおいてないんだって。
おっと、私としたことが話が脱線しちゃったわね。閑話休題、まずは、シカバーガーに添えられたポテトね。こちらは、目の前の厨房で上げてくれていたから揚げたてのポテト。お味は甘くなくてたんぱくな感じ。油で重たくもなくて、軽く食べられる感じだったわ。そいういうい意味ではシカバーガーの添え物としてはいいんじゃないかな。
そしてメインのシカバーガーは、鹿の血で生臭かったらやだなと思ったけどそんな感じはみじんもなかったわ。こちらも意外に淡白な感じのお味。ハンバーグにしてあるからしらね。パン、シカ、チーズ、トマト、そしてソースがとってもバランスよくまとまっていたわ。おれおれ感をだすことなく、チームワークで勝負って感じ。久々にハンバーガーをナイフとフォークで食したわ。これだと大きなお口でパクリじゃなくて、上品にたべられる。こういうのもいいわよね。
お店の名前は忘れちゃったので、名前はまた今度ね、うふふ。
2012年4月11日水曜日
価値の可視化
どうも、kaz805です。前回からの続きです。
文字は人の気持ちや考えを可視化するためにうまれたと思っています。これは人の為に人が作った。
数字は自然の理を可視化するために作られた。
と私は考えています。
よって、文字は人専用。数字は人を含めた自然界に適用されるものだと思います。
だから、数字は人用に作られたモノではなく人にも応用が利くというものなのでしょう。(体重や身長は自然界の生物として用いられている)
そんな数字にある人は画期的なことを考えだします。それは、モノの価値を可視化するのに利用することです。価値を数字で可視化して、流通がしやすいようにお金が生み出されたとのだと思います。
このことを考えた人は純粋にモノの価値を可視化したかっただけだと思います。
でも、このことにずる賢い人が上手に次のことをあるときこそっと付け加えたのだと思います。
それは、
1)お金自身も価値をつける。
2)人にも価値をつける。
という二点です。
この二つが浸透するまでにはかなりの年数がかかったと思いますが、現在の社会では当然のこととして認識されています。
最初に数字は自然の理を可視化するために作られたと書きました。これは言い換えれば数値化できるものは自然界にしかないということです。
でも、お金に価値をつけるとお金を可視化することになります。これは、本来は自然界にないお金が自然界にあるかのような振る舞いをすることを可能します。お金は利子というかたちで自分を増殖することを可能にしたのです。まるで生き物のように増えることが出来るようになったのです。でも、もともと自然界にはないものですから、「死」がありません。だからほって置くとどんどん増殖することになります。
たまに恐慌とかが起きてすごいインフレになってしまうのはある意味バランスをとるためなのかもしれません。
このように生き物のように増殖させることでお金を儲けることができるようになった訳です。ずる賢い人の末裔の人たちはきっとお金持ちになったと思います。
さらに、ずる賢い人たちは人にも価値をつけました。本来は、食べ物や服などを交流しやすいように価値という可視化を数字を利用しただけでした。
しかし、お金を増やすことで儲けたずる賢いひとたちは更にお金を儲けることと自分たちが物事を決めやすくするために支配力を強化しようと考えたのだと思います。
そんなタイミングで産業革命が起きたのだと思います。もしかしたら、起こしたのかもしれません。
産業革命によってモノがたくさん作れるようになりました。それによりどうなったか?モノが増えました。モノが増え価格がさがり、多くの人が購入しやすくなったと習ったと思います。でも、先ほど書いた通りお金が増殖することを考えるとそのお金を使う機会を増やさないとお金の行き場がなくなります。だからモノを増やして売りつづける世界になったのではないでしょうか?だから今の世界は成長をしないと維持できない状態になってしまったのではないでしょうか?
おっと、人に価値をつけたことの話からちょっと脱線してしまったので、話を産業革命のところに戻します。産業革命によって、仕事を失う人がでてきます。そういう人も生活をしなければならいのですが、その人たちが作っていたモノは工場で作っています。その人は交換できる価値創造の力を失った状態となってしまいました。このときにづる賢い人は、このような価値創造力を失った人に労働力という名の価値を与えてあげて働いた報酬としてお金を与えることを考えたのでないでしょうか。これにより人は労働力というなの価値をつけられたのです。この価値はお金としか結びつかない価値なのです。お金は増殖します。持っている人は増えた分を支払えばいいのです。規模が大きくなれば生み出されるお金も増えます。
しかし、労働力という価値をつけら多人はその価値を大きく増加させることはできません。なぜならこの価値は支払う人が価値をつける者だからです。
これにより、お金に価値をつけた人はそれによりお金を増やし、さらにその力で人までもお金に換算してしまう世界を実現させたのです。
これにより労働者と呼ばれることとなった人はひとに命令されてたことで報酬を得て生活することとなり、お金を持った人に従うことになってしまったのです。
長くなったのでこの続きはまたいつかね。ふぅ〜疲れた。(最後ちょっとだらだらでごめんなさい)
文字は人の気持ちや考えを可視化するためにうまれたと思っています。これは人の為に人が作った。
数字は自然の理を可視化するために作られた。
と私は考えています。
よって、文字は人専用。数字は人を含めた自然界に適用されるものだと思います。
だから、数字は人用に作られたモノではなく人にも応用が利くというものなのでしょう。(体重や身長は自然界の生物として用いられている)
そんな数字にある人は画期的なことを考えだします。それは、モノの価値を可視化するのに利用することです。価値を数字で可視化して、流通がしやすいようにお金が生み出されたとのだと思います。
このことを考えた人は純粋にモノの価値を可視化したかっただけだと思います。
でも、このことにずる賢い人が上手に次のことをあるときこそっと付け加えたのだと思います。
それは、
1)お金自身も価値をつける。
2)人にも価値をつける。
という二点です。
この二つが浸透するまでにはかなりの年数がかかったと思いますが、現在の社会では当然のこととして認識されています。
最初に数字は自然の理を可視化するために作られたと書きました。これは言い換えれば数値化できるものは自然界にしかないということです。
でも、お金に価値をつけるとお金を可視化することになります。これは、本来は自然界にないお金が自然界にあるかのような振る舞いをすることを可能します。お金は利子というかたちで自分を増殖することを可能にしたのです。まるで生き物のように増えることが出来るようになったのです。でも、もともと自然界にはないものですから、「死」がありません。だからほって置くとどんどん増殖することになります。
たまに恐慌とかが起きてすごいインフレになってしまうのはある意味バランスをとるためなのかもしれません。
このように生き物のように増殖させることでお金を儲けることができるようになった訳です。ずる賢い人の末裔の人たちはきっとお金持ちになったと思います。
さらに、ずる賢い人たちは人にも価値をつけました。本来は、食べ物や服などを交流しやすいように価値という可視化を数字を利用しただけでした。
しかし、お金を増やすことで儲けたずる賢いひとたちは更にお金を儲けることと自分たちが物事を決めやすくするために支配力を強化しようと考えたのだと思います。
そんなタイミングで産業革命が起きたのだと思います。もしかしたら、起こしたのかもしれません。
産業革命によってモノがたくさん作れるようになりました。それによりどうなったか?モノが増えました。モノが増え価格がさがり、多くの人が購入しやすくなったと習ったと思います。でも、先ほど書いた通りお金が増殖することを考えるとそのお金を使う機会を増やさないとお金の行き場がなくなります。だからモノを増やして売りつづける世界になったのではないでしょうか?だから今の世界は成長をしないと維持できない状態になってしまったのではないでしょうか?
おっと、人に価値をつけたことの話からちょっと脱線してしまったので、話を産業革命のところに戻します。産業革命によって、仕事を失う人がでてきます。そういう人も生活をしなければならいのですが、その人たちが作っていたモノは工場で作っています。その人は交換できる価値創造の力を失った状態となってしまいました。このときにづる賢い人は、このような価値創造力を失った人に労働力という名の価値を与えてあげて働いた報酬としてお金を与えることを考えたのでないでしょうか。これにより人は労働力というなの価値をつけられたのです。この価値はお金としか結びつかない価値なのです。お金は増殖します。持っている人は増えた分を支払えばいいのです。規模が大きくなれば生み出されるお金も増えます。
しかし、労働力という価値をつけら多人はその価値を大きく増加させることはできません。なぜならこの価値は支払う人が価値をつける者だからです。
これにより、お金に価値をつけた人はそれによりお金を増やし、さらにその力で人までもお金に換算してしまう世界を実現させたのです。
これにより労働者と呼ばれることとなった人はひとに命令されてたことで報酬を得て生活することとなり、お金を持った人に従うことになってしまったのです。
長くなったのでこの続きはまたいつかね。ふぅ〜疲れた。(最後ちょっとだらだらでごめんなさい)
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