2013年8月21日水曜日

週末だけのスーパー素人シェフの時代がくる?

どうもkaz805です。
さて、この間、「高級レストランからレンタルキッチンでの食事会への移行があるかもしれない」みたいなことを書きました。
今回はこのつづきを書いてみようと思います。

週末素人シェフのイメージ
少し遠いところからこの話をしてみようと思います。

時代は「個人の時代」といわれています。個人が力をもって時代をつくっていくと。
そして、高城剛氏もご自身の著書でハイブリッドな仕事を提唱していました。
これは、個人が一つの仕事だけをするのではなく、二つ以上の仕事をしていくことがこの大きな変動な時代には適していると。
岡田斗司夫氏もインターネットにより個人の気持ちがとても重要な時代になり、国家のような大きな集団ではなく、小さな集団での小さな経済圏・生活圏がつくられる時代がくると。
そして、岡田斗司夫氏はネットにより一流の絵や音楽の世界ではプロ生活できない時代が来る。数多くのアマチュアがいる時代。アマチュアはもうけることより、自分が作品をつくることがうれしいから無償でもつくる。そんな人が多くいれば、多くの人はそれで満足する。ただだから。
だから、ファンがすきな作家をお金を出して支えることを提唱している。

とだいぶ、遠回りをしましたが、ハイブリットな働き方の一つとして料理を作ることと自分が好きな料理を格安につくってくれる人として認識され、その人が純粋に料理をつくることがすきならば、週末だけの素人料理人という存在が誕生してもおかしくないと思います。
そして、その人の腕がすごくよくて、美味しくて、ネットでその情報が拡散すれば、その人のレシピは評判になると思うし食べたいと思う人もたくさんでてくることでしょう。
そういうひとのなからスーパー素人料理人が誕生し、その人はレシピ本を出したり、もしかするとお店をもってしまったりすることになるかもしれません。

これは、SoundCloudや初音ミクから音楽で食べられる人がでてきたりすることと同じことだと思います。

音楽や絵はネットでの拡散で満足できるでしょうし、ライブや個展を開くのは金銭的にそれなりに大変でしょうが、10人程度の知り合いのために料理を作ることは、すこし大きなお家の人が場所を貸してくれたりしたら出来るので、実際に料理が食べられます。
音楽や絵と違って料理はデジタルだけでは満足できません。やはり食べてなんぼです。

だから、音楽や絵で有名になるよりも規模はかなり小さいですが、本当にすこしだけのファンがつけばお小遣いは稼げるくらいの食事会ができるかもしれません。

個人の力が強くなり、生活する圏が小さくなることで、プロとしては生きられないけど、その小さな圏のなかではとてもその能力が必要である、そんな世界がもしかすると近い将来というか意外にはやくやってくるのかもしれません。

その中に週末だけの素人料理人という存在も全く可能性がないわけではないと思います。
逆に、プロが週末だけ個人的に食事会とか開くかもしれません。

これは、コミケで素人もプロも同じ場所で販売しているのと同じ感じのことなのでしょう。

プロとアマの境界線が曖昧になってしまった世界での食事会はすごいレベルのものから家庭料理レベルまでいろいろあるのかもしれません。

というわけで、最後は週末だけの素人シェフというよりはプロもアマもお店以外で料理を振る舞うことになるかもしれないという感じの話になってしまいました。

では、またね〜

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